東京地方裁判所 平成2年(行ウ)178号 判決 1992年1月24日
原告
人見旭こと金旭済
被告
足立労働基準監督署長菊地平
右指定代理人
渡辺光弥
同
及川まさえ
同
佐藤武尚
同
永田豊
同
坂田稔三
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の申立て
被告が原告に対し、昭和六二年六月一〇日付けでした労働者災害補償保険法による障害補償給付に関する処分を取り消す。
第二基礎となる事実
一 原告は昭和五八年一〇月二五日午後八時過ぎころ、東京都荒川区東日暮里四丁目五番地付近の路上において、有限会社高島土木の労働者として、ダンプカー(四トン車)上で、配水小管敷設替え工事に必要な保安機材用具の荷下ろし作業に従事中、右ダンプカーが突然に動き出したため、荷台後部から道路上に転落する事故に遭遇した(以下「本件傷害」という。)。
二 原告は、本件事故により、左大腿骨頸部骨折、頭頸部挫傷、胸腰椎挫傷、全身打撲等の傷害を受けた(以下「本件傷害」という。)。
三 原告は、本件傷害につき、昭和五八年一〇月二五日から昭和六一年三月三一日までの間、名倉病院、下井整形外科等で治療を受けたが、昭和六一年三月三一日、長時間歩行時に疼痛が強くなるなどの後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)を残して、症状が固定した。
四 原告は、本件後遺障害について、障害補償給付の請求をしたところ、被告は、昭和六一年七月三一日付けで、原告の障害は労働者災害補償保険法施行規則一四条別表第一に定める障害等級第一四級の九に該当するものと認定し、同等級相当額の障害補償給付を支給する旨の処分をした。
五 原告は、右処分に対し、東京労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたところ、同審査官は、昭和六二年五月一八日付けで、本件後遺障害は障害等級第一二級の一二に該当するとして、右処分を取り消した。
六 その後、被告は、昭和六二年六月一〇日付けで、本件後遺障害について、障害等級第一二級の一二に変更すると共に、原告に対し、労働者災害補償保険法による第一二級相当額と第一四級相当額との差額の障害補償給付を支給する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。
七 原告は、本件処分に対し、東京労働者災害補償保険審査官に再審査請求をしたところ、同審査官は、昭和六二年一二月二一日付けで、右審査請求を棄却する決定をし、更に、原告が労働保険審査会に再審査請求をしたところ、同審査会は、平成二年七月一二日付けで、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。
第三原告の主張
原告が症状固定になった時点では、<1>骨に割れ目があり、長時間歩行時等にふくらはぎがパンパンに張るなどして疼痛が強くなり、満足に歩くことができない、<2>階段の昇り降りが手すりがないとできない、<3>天候が悪いときなどに、骨折の部位、左足の股関節付近等が痒さ半分、傷み半分の状態になり、居ても立ってもいられなくなる、<4>トイレは、洋式ならばよいが、和式では立ち上がるのが大変である、などの症状にあったもので、「両下肢を足関節以上で失ったもの」に匹敵する状態にあり、この状態は現在も続いているから、原告の後遺障害の等級は、少なくとも第二級に該当する。
第四被告の主張
一 下井整形外科の下井庄之輔医師は、障害補償請求裏面の診断書において、昭和六一年五月一〇日付けで、原告の傷病等について、次のとおり記載している。
1 傷病名 左大腿骨転子部骨折、左膝関節拘縮。
2 傷病の部位 左大腿及び左膝。
3 療養の内容及び経過 骨の変形治癒、スミス・ピーターソン氏骨髄内固定(観血的骨整復術)。長期間股関節痛を訴え、長期療養する。
4 障害の状態の詳細 骨変形治癒、左股関節、外旋及び内旋に軽度の運動制限を認める。
5 関節運動範囲(表略)
二 被告が、原告の障害等級について、東京厚生年金病院に鑑定を求めたところ、原告を診断した同病院の伊藤晴夫医師は、昭和六二年三月一六日付けで、次のような意見書を提出した。
1 負傷の部位及び傷病名 左大腿転子部骨折。
2 主訴及び自覚症 股関節の疼痛、運動痛、階段の昇降が困難。
3 依頼事項にかかる意見
症状固定時の持参レントゲン写真では、骨の一部欠損像があり、癒合が完全とはいえない。本年三月一六日に当院でレントゲン検査の結果によると、軽い変形を残すものの、骨癒合はおおむね良好である。
下肢長は、五ミリメートルの短縮があり、左股関節は屈曲一一〇度と健側一三〇度に比し、四分の三以上の障害には満たないものの、長期にわたる筋力低下等を考慮すれば、一二級の七に準用が認められるべきである。
<股関節> 右 左(患側)
屈曲 一三〇 一一〇
内旋 四〇 一〇
外旋 四五 四〇
内、外転はおおむね正常。
三 前記一、二の医学的所見によると、原告に残存する身体障害としては、左股関節の疼痛、運動痛及び五ミリメートルの短縮障害のほか、左股関節の外旋、内旋に軽度の運動障害、左下肢の五ミリメートルの短縮、骨の変形癒合に基づく疼痛があり、これらが左大腿骨転子部骨折の後遺症状と解される。そして、原告には、骨の変形治癒が原因となって神経症状を誘発しているとみられる器質的障害が存するので、これらの障害を障害等級の認定基準に照らして判断すると、疼痛発作の頻度、疼痛の強度と持続時間及び疼痛の原因となる他覚的所見などから、「労働には通常差し支えないが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支える場合があるもの」に当たり、労働者災害補償保険法施行規則一四条別表第一に定める障害等級第一二級の一二の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当することになる。
なお、原告の下肢長が五ミリメートル短縮していること及び左股関節の屈曲、外旋、内旋に運動障害のあることは、いずれも、補償給付の対象にならない。
第五当裁判所の判断
一 弁論の全趣旨によって真正に成立したことが認められる(証拠・人証略)を総合すれば、被告が前記第四において主張するとおりの事実及びその認定した障害等級の正当なことが認められる。
二 原告は、本人尋問において、(証拠略)の下井医師の診断書はニセモノであることを強調する。しかし、右診断書は、原告が被告に提出した(証拠略)の障害補償給付支給請求書と表裏一体の関係にあるもので、原告がまず下井医師に裏面の診断書を作成してもらい、その上で、表面の障害補償給付支給請求書に必要事項を記載して障害補償給付の請求をしたことが明らかであり、しかも、表面の原告の住所、氏名が真正なものであることは原告自身の認めるところであるから、(証拠略)の診断書がニセモノであるとは考えられない。原告が被告に対して障害補償給付支給請求書を提出した後に右請求書裏面記載の診断書が誰かによって書き換えられたことを伺わせる形跡は全くない。原告は、また、原告が被告に提出した診断書は、右診断書とは異なり、下井医師が昭和六一年五月五日付けで作成したもので、これには「全治不能」と記載されていたと供述するが、そのような診断書が作成されて被告に提出されたことを認めるべき証拠はなく、原告の思い違いというほかはない。
そのほか、原告は、レントゲン写真に骨の欠損像があることや手術をして金属を入れた跡のあることを問題にするが(人証略)によれば、これらは、単に傷害及び治療の痕跡を示すのみで、障害補償給付の対象である労働能力の低下とは関連がないことが認められる。
三 したがって、原告の後遺障害が被告主張の一二級の一二以上のものと認めることはできないので、原告の本訴請求は、失当として棄却を免れない。
よって、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり、判決する。
(裁判官 太田豊)